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森田療法693
‼ 悩んでいるあなたへ ‼ 胃腸神経症 胃腸が精神的影響でその運動や消化液分泌の量に変化をきたすことは、昔から経験的にも、実験的にもよく知られている。この頃は食品アレルギーといって一定の食品を食べると吐き気、嘔吐、ガス、下痢、などの症状を起こすものがあり、その多くが必ずしも真のアレルギーではなく「これを食べると、また症状が出るに違いない」という自己暗示が関係することが実験的に証明されている。また、胃腸神経症というものがある。慢性的な病気で、服薬を続けても容易に治らない。症状としては、食べたものが長く胃にもたれて不快である。おなかが張る、食べると吐き気を催す、腹痛がある、腹なりがある、便秘しやすい、下痢しやすい、ガスが出やすい、痩せる、等々人によってさまざまである。この人たちは食物に対して過敏になり、消化不良と思われるものを恐れ、次第に少食になり、中には粥食を続けるものもある。彼らは多くはやせて無力性体質の様相を示し、運動もあまりしないので、筋肉も、消化器も、いわゆる廃用性委縮という状態になりやすい。こういう人々の胃をレントゲン写真で見ると、胃の下垂したものもあり、そうでないものもある。下垂したものがかならずしも前記のような症状をもつものではないし、また症状をもつもので、胃の下垂があっても神経質治療で立派に症状を治すこともできる。病人らしい生活をしているといつまでも治らない。このことは胃腸神経症に限らず、ほかの神経質症状の治療においてもまた重要な鉄則である。 (森田療法の指導を受けたい方は記載されている森田精神療法のすすめをよく読んで連絡ください)
森田療法692
‼ 悩んでいるあなたへ ‼ 疲労亢進。能率減退 重いものをもつとき、手は疲労してついに持ち耐えることができないくらいになる。これは手の筋肉の真の疲労である。筋肉運動を行えば疲労は必ずあるものであるが、その回復は割合早いものであり、だから調子をゆるめて行えば疲労と回復が同時になされて長時間の作業もつづけられるわけである。しかし、この真の疲労とは別に、われわれは倦怠感というものをもっている。一つの仕事をつづけていると、誰でも倦怠感を覚えるが、これは必ずしも真の疲労と一致するものではない。興味のある仕事には倦怠感は現れにくいが嫌いなことにはすぐ飽きる。好きな小説は夜遅くまで読みつづけて実際は疲労していても疲労感はあまりない。私たちの活動には必ず大小の波があり、リズムがある。調子の上下が交互に来るのである。一日のうちにもそれがあり、一時間のうちに、一分間のうちにも緊張と弛緩の波のあることが実験心理学的にも証明されている。ところが完全欲の強い人は常に能率が上がっているかどうかを問題にしているので、少しでもはかどらないと、それにこだわって、一層当面の仕事に身が入らない。そして以前は万事すらすらと運んでいたように思われ、現在は前と比べて非常に悪くなっているように考えて悩む。またこういう人は、最も調子の良かった時を標準にして、それが正常の自分だと思うので、現在はいつもよくないと感ずる (森田療法の指導を受けたい方は記載されている森田精神療法のすすめをよく読んで連絡ください)Eメールを活用しています営利目的ではありませんから気軽に何でも相談してくださいメールアドレスojichan@arion.ocn.ne.jp
森田療法691
‼ 悩んでいるあなたへ ‼ 神経性不眠症 眠りは高等な生物のすべてにみられるもので、食欲や性欲と同様に一つの本能的な表れであり、健康人はすべて必要にして十分な睡眠をとっているのである。しかし、不眠を訴える人の大部分は、神経質症としての不眠を問題にしているもので、これを「神経性不眠」という。不眠症の人は、不眠ほど辛いものはないと思う、ただ眠れさえすればそれでもう十分幸福であるとさえ思う。夜になると今夜もまた眠れないのかという不安と焦燥に駆られる。このような人には安息の時であるべき夜が、恐ろしい敵のように思われてくる。不眠症はどうして起こるのか、人間は本能的なことは実際の必要以上に要求したがる傾向がある。食欲、性欲がそうであるように、睡眠も必要以上にとりたがる。ことに睡眠は衛生上きわめて重要なものと心得ているので、睡眠不足ということに過敏になりがちである。大体成人は4,5時間も熟睡すればよいのであって、あとは浅眠か不眠の時間になるわけである。10時間も臥床するとすれば当然4,5時間は浅眠、もしくは不眠の時間になるわけで、それが非常に長く感じられ、ほとんど一晩中眠れなかったように思えてくるのである。あるいはこういう人は眠れないという強い不安を伴う観念だけが覚めていて、眠れないと感ずるのであるといってよい、さて、このような神経性不眠症に対してはどう対処すべきであろうか、実行すべきことは夜の就床時間を7,8時間に制限することである。長時間の就床は辞めること、時間を短くすることは初めはつらいこともあり、眠りが足りないと思うと、どうしても朝早く起きたくない、しかしそれを押し切って実行することが大切である。 (森田療法の指導を受けたい方は記載されている森田療法のすすめをよく読んで連絡ください)Eメールを活用しています営利目的ではありませんから気軽に相談してくださいメールアドレスojichan@arion.ocn.ne.jp
森田療法690
‼ 悩んでいるあなたへ ‼ 誤った対策を捨てる ノイローゼの人々は神経が衰弱していると思い込んでいるものが多く、医師もこれに同調するものもある。患者に安静、休養を命じ安定剤や栄養剤などを処方するが、これだけでは無効であることは経験的にも神経質症の成り立ちから見ても明らかなことである。患者の中には数カ月、数年にわたって休養を取っているものがある。長く休むほど活動力は鈍り、暇にまかせて症状のことばかりを問題にする。要するに逃避生活に陥っているので、症状は好転しようがない身体的な病気を伴う場合には、その症状に応じて、休養を必要とすることもある。しかしそうでなければ無為の生活は不自然で、人間の本性に反するので、必ずその罰を受ける。うつ病は別にして、大多数の神経質症者には鎮静剤や精神安定剤の服用も多くの場合、不要である。薬剤を服用すると、暗示的効果も手伝って一時的には気分が楽になることもあるが、根本的治療とは縁遠いものである。心臓神経症の人が発作時に注射を受けて、一時、安心してその場の症状は消えても、決して根治しないのと同じことである。ただ不安が非常に強く、そのために精神療法を受け入れにくい場合には、安定剤を投入して治療を行いやすくすることもある。もちろんこれは補助的な意味をもつにすぎない。安定剤によってかえって作業意欲を鈍らせることもあり、体がだるくなり、ぼんやりすることもあるので、安定剤の使用は特殊の例だけに限定することが望ましい。ただし「うつ病」は神経質と外面的には似たものもあるが、本態は別のもので、これには精神安定剤を用いることが多い。 (森田療法の指導を受けたい方は記載されている森田療法のすすめをよく読んで連絡ください)
森田療法689
‼ 悩んでいるあなたへ ‼ 内向と外向。全体と部分 月を指して幼い子供にそのありかを教えようとすると、子供は指を見て月を見ない。それと似たようなことが私たちの日常の行為にもよくみられる。キャッチボールのとき、ボールを見ていれば手足は自然にボールを取りやすいように動くが、自分の手つきに注意を向けていると、とりそこなってしまう。丸木橋を渡るとき、足元に気を取られると足がすくむ。私が卓上の時計を取ろうとするとき手は目的に向かって最短距離を進み、最も取りやすいところをつかむ。そんなことはいちいち意識しなくてもすべて、過程が目的にかなうように調節されていく。当面の目的に乗りきっていく態度が、外向的、即物的であり、それが外界によく順応していくやり方である。ところが神経質症の人は、その当面の目的に乗りきららないで、途中のこと、あるいは準備のこと、身体的、精神的ないろいろな二次的な条件に重点を置きすぎて、それらを整備することが主目的になり、肝心の本来の目的が留守になってしまう。自分の手の振り方がどうなっているかということを気にしながら歩くと、足の運びと手の振りが、自然の調和を取れず、ぎこちない歩き方になってしまう。また人と対談するとき、自分の顔の表情に気を取られていると、話題のほうが留守になり、相手の言うこともよく耳に入らない。しかも互いに相対しているのだから心が分裂して混乱する。注意が目的のほうに注がれないでその手前のところで空回りしているのが内向化の捉われというのである。部分的なことに重点を置くと生活全体の調和が破れることを知らなければならない。不潔恐怖症で手を洗うことに専心する人は、手、意外のところがかえって不潔になる。種々の強迫行為の人の態度がそれである。Eメールを活用しています相談されたい方はメールで送っていただいても結構ですメールアドレスojichan@arion.ocn.ne.jp (森田療法の指導を受けたい方は記載されている森田療法のすすめをよく読んで連絡ください)
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